「最期をどう迎えるか ― 100人いれば100通りの看取り」シリーズ

訪問看護師さんから、電話がありました。
「まりーさん、恵子さん、ヘルパーの男性に恋してるみたいですよ」
「訪問するたびに、その人の話ばかりされるんです。かっこいいって」
恵子さん(仮名)は、在宅での看取りの時期に入っていた方でした。
個人が特定されないよう、事例の一部を変更して紹介しています。
少しの時間でも、二人で過ごせたら
電話を切ってから、考えました。
もし本当に恋をしているのなら。
少しの時間でも、二人で過ごせたらいいんじゃないか。
ちょうどその後の訪問で、私も恵子さんからその男性の話を聞きました。
なので、少し踏み込んで聞いてみました。
「公園デート、してみませんか?」

恵子さんは言いました。
「そんな、悪いわ」
そう言いながら、それはもう素敵な笑顔をされていました。
恵子さんは、恋をしたことがなかった
恵子さんは、仕事一筋で生きてきた方でした。
恋愛をしたことがない、とご本人が話してくださいました。
そして、病気になって、時間ができた。そこで初めて、男性の優しさに触れたのだと。
その話を聞いたとき、私は絶対に実現させようと思いました。
みんなが、二つ返事だった

ここからが、この記事で一番書きたいところです。
私ひとりでは、何もできません。
訪問介護事業所へ
まず、訪問介護事業所の管理者さんに相談しました。
すぐに同意してくださり、管理者さんからヘルパーの男性にお願いしてくれました。
男性の返事は、こうでした。
「僕でよければ」
事業所も、ご本人も、二つ返事でした。
主治医へ
主治医にも、体調面を含めて相談しました。外出できる状態なのかどうか、そこは私には判断できません。
「まりーさん、素敵。応援する。
どこに行くの? 何かあったら飛んでいくから、ぜひ行ってきて」
この言葉が、どれだけ心強かったか。
福祉用具へ
ひとつ、問題がありました。
そのころの恵子さんは、座った姿勢を保つことが難しくなっていました。普通の車いすでは外に出られません。
福祉用具の事業所に相談すると、すぐにリクライニング式の車いすを手配してくれました。
訪問看護へ
そして訪問看護師さんは、当日、現地で待機してくれることになりました。
何かあってもいいように。
当日のこと
日中は暑くなる時期だったので、まだ涼しい午前中に出かけることにしました。
行き先は、自宅のすぐ近くの公園です。遠くへは行けません。
恵子さんは、鼻から酸素をつけたまま、リクライニング車いすに乗って出発しました。
男性が車いすを押して、ゆっくり、ゆっくり進みます。
そして私と訪問看護師さんは、うんと離れたところから見守っていました。
近くにいたら、二人の時間になりません。
公園で過ごした時間は、15分くらいでした。
二人で写真を撮って、笑って、そして家まで送ってもらいました。
遠くから二人の背中を見ていた私と看護師さんは、なんだかほっこりしてしまって。
帰ってからその話をすると、恵子さんは本当にうれしそうに笑いました。私が支援を始めてから見た中で、一番の笑顔でした。
その3週間後に
恵子さんは、それから3週間後に亡くなりました。
公園に行きたいと言ったわけではありません。
散歩がしたかったわけでもありません。
ただ、好きな人と一緒にいたかった。
たった15分でした。
でも、遠くから二人の背中を見ていた私には、あの日の恵子さんは「看取りの時期にいる人」には見えませんでした。
恋をしている、一人の女性でした。
一人では、できませんでした

あの15分は、私ひとりではつくれませんでした。
「恋をしているみたい」と気づいてくれた訪問看護師さん。
「僕でよければ」と言ってくれたヘルパーさん。
すぐに車いすを用意してくれた福祉用具の担当者。
「何かあったら飛んでいくから」と背中を押してくれた主治医。
そして当日、離れたところから一緒に見守ってくれた訪問看護師さん。
誰か一人が「それは難しい」と言っていたら、あの15分はなかったかもしれません。
ケアマネジャーは、サービスを組む仕事だと思われています。
もちろん、それも大切な仕事です。
でも私は、ときどき思います。
その人の「やりたい」を見つけて、「どうしたらできるだろう」とみんなで考えることも、ケアマネの仕事なんじゃないか。
私がしたのは、「公園デート、してみませんか?」と聞いたこと。そして、みんなに相談したこと。
それだけです。
あの日をつくったのは、恵子さんに関わったみんなでした。
看取りの時期でも、恋をする
看取りの時期になると、「痛くないか」「苦しくないか」と、どうしても体のことに目が向きます。
もちろん、それはとても大切です。
でも、人はそれだけで生きているわけではありません。
恵子さんは、人を好きになりました。
「かっこいい」と思った。
会いたいと思った。
二人で過ごしたいと思った。
そして、その思いは15分のデートになりました。
看取りの時期にも、その人が「したい」と思うことがあります。
公園に少し行く。
好きな人に会う。
昔の写真を見る。
好きな音楽を聴く。
その人が「したい」と思ったことを、できる範囲で叶えていく。
それも、看取りの時間なのだと私は思っています。
恵子さんが教えてくれたこと
恵子さんが亡くなってから、もうずいぶん時間が経ちました。
それでも私が思い出すのは、最期の日のことではありません。
リクライニング車いすを押す男性と、その隣にいる恵子さん。
そして、そのずっと後ろを、邪魔をしないようについて歩いた私たち。
あの日は、「亡くなる3週間前」ではありません。
恵子さんが、好きな人とデートをした日です。






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