最期が近づくと、家では何が起きる?|100件近い看取りで見てきた、家族が驚く6つの変化

看取り

最期をどう迎えるか ― 100人いれば100通りの看取り

最期が近づくと、本人の様子は少しずつ変わっていきます。

食べられなくなる。トイレに行けなくなる。眠る時間が増えて、話さなくなる。呼吸の音が変わる。苦しそうに見える。

ケアマネとして100件近い看取りに関わってきましたが、ご家族が驚いたり、怖くなったり、「何かしてあげなきゃ」と焦ったりするのは、いつもこの場面です。

この記事では、その変化を6つに分けて、ご家族が戸惑いやすいところと、私が現場で見てきたことをお伝えします。

この記事でお伝えすること

  1. 食べる量・飲む量が減る
  2. トイレに行けなくなる
  3. 眠る時間が増え、反応が少なくなる
  4. 呼吸の音が変わる(ゴロゴロという音)
  5. 痛そう・苦しそうに見える
  6. 「もう何もしてあげられない」と感じたときに、家族にできること

すべての方に、すべての変化が起こるわけではありません。起こる順番も人それぞれです。

この記事について

主治医や訪問看護と、看取りの方針を共有しているご家族に向けて書いています。

医療に関する説明は、日本緩和医療学会のガイドラインなどで確認できた範囲で書いています。ガイドラインの多くはがんの終末期が対象のため、病気や状態によっては当てはまらないこともあります。

迷ったときは、ひとりで判断しなくて大丈夫です。訪問看護師や主治医に、そのまま聞いてください。

1. 食べられない・飲めない「点滴をしなくて大丈夫?」

最期が近づくと、食べる量も飲む量も減っていきます。ご家族はそれを見て、「何か食べさせなきゃ」「点滴をお願いできませんか」と不安になります。

私が関わってきた看取りでは、先生から「本人が食べたいものや、食べられるものでいいですよ」と説明されることが多くありました。点滴についても、点滴をすすめられないことも、よくありました。状態によっては、水分を入れることでむくみなどが出て、かえって負担になることがあるからです。

私がお世話になっている訪問診療の先生からは、「人は枯れるように、亡くなる準備をしていくんですよ」と教えてもらいました。

点滴をしないのは、何もしないことではありません。

食べたいものを少し口にする。口の中を湿らせる。そうしたことが、本人の楽につながります。

医療に関する注意

学会のガイドラインでは、水分を入れれば楽になるとは限らず、状態によってはむくみ・胸水・腹水・痰などの苦しさを悪化させる可能性があるとされています。

一方で、点滴で楽になる場合もあるため、「する・しない」を一律に決めず、本人の状態や、本人・ご家族の希望に合わせて、医療チームと相談して決めます。

口の渇きは、点滴では改善しないことが多く、看護ケアが最も重要とされています。

(終末期のがん患者を対象としたガイドラインです)

2. トイレに行けないおむつを受け入れる難しさ

ある時期から、トイレまで行くことが難しくなります。そうなると、おむつが必要になります。

ご家族の多くは、これまでおむつを使ったことがありません。初めてのことなので、どうしたらいいか分からなくて当然です。本人の体の変化を、なかなか受け入れられないこともあります。

本人にとっても、自分でトイレに行けなくなることは、悲しいことです。「できなくなってしまった」という情けなさや、「家族に迷惑をかけてしまう」という気持ちを口にされる方もいました。

そんな本人に、ご家族は「大丈夫だよ。替えてあげるから」と声をかけます。でも、そのご家族自身も、初めてのおむつ交換に戸惑っています。

だから、訪問看護師やヘルパーに交換方法を実際に教えてもらいます。夜は家族も休めるように、尿量に合わせて吸収量の多いパッドを使うなど、その方に合った方法を一緒に考えていきます。

おむつは、本人にも家族にも、すぐには受け入れにくいものです。

戸惑うのは、自然なことだと思います。

3. 眠る時間が増える・反応が減るそれでも声は届いているかもしれない

眠っている時間が長くなり、呼びかけへの反応も少なくなっていきます。ご家族は、とても寂しそうな顔をされます。

そんなとき、訪問看護師や先生から「聞こえていますから、話しかけてあげてくださいね」と伝えられることが多いです。

私の父のときもそうでした。父は病院で最期の時期を過ごし、私たち家族は、ずっとそばにいることができませんでした。

看護師さんから「耳は聞こえているから」と言われ、家族で話し合って、それぞれの声をICレコーダーに吹き込みました。入れたのは、思い出話と、感謝の気持ちです。それを病院に渡して、父に聞かせてもらいました。

父にどう届いたのかは、分かりません。私たちの自己満足だったのかもしれません。それでも、今まで言えなかった感謝や思い出話を、父に聞いてもらうことができました。

反応がなくても、いつものように話しかけてみてください。

医療に関する注意

2020年に報告された研究では、呼びかけに反応しなくなった、亡くなる直前のホスピスの患者さんでも、音の変化に対して脳が反応することが確認されました。

ただし、調べられたのは5人と少なく、言葉の内容を理解しているかどうかは分かっていません。

4. 呼吸が変わる「ゴロゴロ」という音がするとき

亡くなる少し前になると、呼吸の音が変わることがあります。喉のあたりから「ゴロゴロ」「ガラガラ」と聞こえるのです。

ご家族は、「苦しいのでは」「息ができていないのでは」と、とても怖くなります。

医療に関する注意

この音は「死前喘鳴(しぜんぜんめい)」と呼ばれます。飲み込む力や咳の力が落ちて、唾液や分泌物が喉に溜まり、呼吸のたびに揺れて音が出ます。すべての方に起こるわけではありません。

多くの場合、本人は苦痛を感じていないと推測されていますが、意識が下がっていることが多く本人に確認できないため、はっきりとは分かっていません。

ガイドラインでは、医師や看護師が家族に、「分泌物が溜まって、空気が通るたびに音が出ているだけで、亡くなる前に見られる自然なことで、窒息するものではない」と十分に説明することが大切とされています。

がんで亡くなった方のご遺族への全国調査では、この音を経験した方の約3分の2が、つらく感じたと報告されています。同じ調査で、吸引をするかどうかを医療者と十分に相談できなかったことが、改善が必要と感じた理由に挙がっていました。

向きを変えると、音が軽くなることがあるとされています。吸引は本人の負担になることがあるため、するかどうかは医師や看護師と相談してください。

私は、先生や看護師さんの説明を、ご家族がどう受け止めているかを確認するようにしています。不安が残っているようなら、私から医療職に伝えます。可能なら、説明の場にも立ち会います。

音が気になったら、我慢せず、すぐに訪問看護師や先生に伝えてください。

5. 痛そう・苦しそう「このままで大丈夫?」と思ったとき

本人が痛そうにしている。苦しそうにしている。そばで見ているご家族は、「見ていられない」「何とかしてあげたい」「穏やかになってほしい」という気持ちでいっぱいになります。

そして、思わず救急車を呼ぶご家族もいます。それだけ必死なのだと思います。

知っておいてほしいことがあります。在宅でも、つらさをやわらげる医療を受けることができます。

家ではつらさが取りきれないときは、主治医と相談して、入院という選択肢もあります。

本人が言葉で伝えられないときは、表情やふだんの動作の様子が、周りが気づく手がかりになります。ただし、苦しそうに見えることが、必ず痛みとは限りません。気づいたことは、そのまま訪問看護師に伝えてください。

私が関わる看取りでは、「苦しそうだと感じたら、まず訪問看護さんに電話する」と、最初に電話する先を決めておくことが多いです。そして、先生や看護師さんから、「急変して亡くなることもあります」と、あらかじめ伝えてもらっています。

「看取りだから、救急車を呼んではいけない」ということではありません。心臓が止まったときに119番に電話すると、本人が心肺蘇生を望んでいなくても、救急隊による心肺蘇生や病院への搬送が行われることがあります。

2026年に発表された岡山大学の全国調査(回答した561の消防本部)では、救急隊が現場で蘇生を中止できる手順を持つ消防本部は、約半数(47%)でした。地域によって違うため、お住まいの地域の運用は、主治医や訪問看護に確認してください。

決めておくこと

  • 苦しそうなときの、最初の連絡先
  • 夜間・休日も、その連絡先につながるか
  • 電話で伝えること:いつから/どこが/どんなときに/どんなふうに/どのくらいつらそうか
  • 入院するか、家で過ごすかの希望
  • 心停止のときの対応(蘇生をどうするか)を、先生と確認しているか
  • 「急変して亡くなることもある」という説明を、先生や看護師から聞いているか

6. 最後まで家族にできること「もう何もしてあげられない」と思ったとき

本人がほとんど話さなくなり、眠っている時間が長くなると、ご家族はよく「もう何もしてあげられない」という気持ちになります。でも、できることはあります。

手を握る。話しかける。口を湿らせる。体をさする。好きな音楽を流す。好きな花を飾る。

中には、ベッドに一緒に横になって、添い寝をしていたご家族もいました。あまりにずっと一緒にいたので、二人分の体重を支えきれず、エアマットが壊れてしまったこともあります。

今思えば、それもその家族なりの「そばにいる」だったのだと思います。

何かをしてあげることだけが、できることではありません。そばにいること自体が、大切な時間になります。

最期の時間に、正解はありません。迷ったり、怖くなったりしながら、それでもそばにいようとすること。それが、ご家族にしかできない看取りなのだと、私は思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました