「手術が決まった」その瞬間から、私の頭の中はフル回転し始めた。
怖い。とにかく怖い。でも、怖がってばかりもいられない。
仕事のこと、オハナさんのこと、入院グッズのこと……準備することが山積みだった。
今回は、TURBTを前に私が実際にやった準備を全部まとめてみる。
同じように手術を控えている方の、少しでも参考になれば嬉しい。
📋 この記事でわかること
・TURBT入院に必要な持ち物リスト(ALA-PDD対応含む)
・ケアマネが35人分の引き継ぎをどうやったか
・認知症の母を初めて長めのショートステイに預けるまで
・手術前夜、怖くて眠れない夜を乗り越えた方法
①入院グッズの準備「まさかそれが必要とは」な持ち物たち
入院が決まると、病院から「入院のご案内」という冊子をもらった。歯ブラシ、タオル、下着……案内に書いてあるものは一通り揃えた。パジャマは病衣レンタルにしたので不要。
問題は、案内に書いていない持ち物だった。
✅ 自分で追加して正解だった持ち物
- ペットボトル用ストローキャップ——術後は次の日まで起き上がれない。寝たまま飲めるこれは必須。いろはす500ml×4本と一緒に持参
- 腰まくら——入院申し込みのとき担当の看護師さんに「あると楽ですよ」と言われて準備。起き上がれない24時間・・必要かと思って準備
ALA-PDDで「まさか携帯もダメとは」——後から娘に持ってきてもらったもの
私の手術はALA-PDD(光線力学診断)補助下のTURBTとなった。
薬を飲んで腫瘍を光らせて見つけやすくする、という方法らしい。「へぇ〜最新技術すごいな」と思ったのも束の間。
「術後24時間は強い光を遮断してください」
そこまでは聞いていた。
でも、テレビも携帯も見てはいけないとは思っていなかった……。
動けない。テレビも見れない。携帯も見れない。それが24時間続く。
……暇すぎる。
急いで娘に連絡して持ってきてもらったものがこちら。
📦 後から娘に持ってきてもらったもの
- 雑誌(女性セブンと週刊現代)——ALA-PDD中は本だけが命綱。なぜかこのチョイスになった
- 本——念のため数冊
- 推しのグッズ——寂しくなって急遽お願いした。あるとないとじゃ全然違う
- 延長コード——コンセントがベッドまで届かなかった。これは完全に盲点だった
💡 まりーからひとこと
ALA-PDDになる可能性がある方は、入院前に本・雑誌・延長コードを絶対準備して。あと推しのグッズも忘れずに(これは個人的に必須)。
②仕事の引き継ぎ 35人分の一覧と、引き継げないもの
ケアマネとして20年働いてきて、自分が「休む側」になるのは初めてに近かった。
1週間のお休みをいただくことにした。入院自体は5日間の予定だったが、出血が多かったり熱が出たりすれば延びると言われていたので、余裕を持って。
担当している利用者様の一覧を作成し、同じ事業所内のケアマネ3人に配った。仕事用の携帯電話は管理者に預けた。
一覧に書いたのはこの5項目。
📋 引き継ぎ一覧に書いた内容(35人分)
- 家族の緊急連絡先
- 直近の生活の様子
- 基礎疾患
- 起こりうるリスク
- 電話番号
でも、一覧を作りながらずっと思っていたことがある。
「一覧を作っても、温度感は引き継げない」
35人いれば、35人それぞれのやり方がある。何か起きたとき、どんな言葉をかけるか。どんなトーンで話すか。どこまで踏み込むか。
そういうものは、どんなに丁寧な一覧を作っても紙には書けない。
担当させてもらっている責任を、ひしひしと感じた準備期間だった。
③オハナさんのこと 日付入りジップロックと「母親の顔」
認知症の母・オハナさんを、初めて少し長めのショートステイにお願いすることにした。10日ほど。
オハナさんがつまらなくならないように、いくつか準備した。
🐶 オハナさんのショートステイ準備
- 好きな犬の本を入れた
- 好きなおやつを日ごとに分けてジップロックに入れ、日付を書いた(職員さんの手を煩わせないように)
- 孫の手
- 着替え
- テレビ
オハナさんには、本当のことを伝えた。

お母さん、私の体の中に悪いものが見つかって。それを取り除くために入院してくるね
そう言ったら、オハナさんは母親の顔になって、こう言った。

「私は大丈夫だから、徹底的に直してきて」
泣けちゃった。
「頑張るね、心配かけてごめんね」そう言うのが精一杯だった。
認知症になっても、娘が病気だとわかった瞬間に、ちゃんとお母さんになるんだ。
④心の準備 怖かった。ものすごく怖かった。
正直に言う。怖かった。ものすごく怖かった。
手術前の検索魔期間は、その前の記事で書いたとおり。ありとあらゆるブログを読み漁り、同じ手術をした人の体験談を3回くらい読んだ。
入院前には、もう見尽くしていた。
そして、こっそりやっていたこと。
娘に、携帯のパスワード・通帳・証券口座の暗証番号、全部伝えた。
娘は戸惑っていた。「お母さん、縁起でもない」という顔をしていた。
でも、「万が一」を考えずにはいられなかった。
ケアマネとして、いつも利用者様や家族に「もしものときの準備を」と話してきた。その自分が、いざ自分のこととなると、こんなにも怖いのかと思った。
そんな夜を乗り越えられたのは、ケアマネ友達がくれた言葉だった。
「明日の今頃は終わっているから」
「一週間後の今頃は終わっているから」
この言葉を、何度も何度も自分に言い聞かせた。
仕事の準備もした。オハナさんの準備もした。入院グッズも揃えた。
それでも、不安だけは最後まで荷物に入ったままだった。
そして入院当日。
次の記事では、入院当日のことを書いていく。
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