「ショートステイ? 行かない」
「私はまだ自分でできる。人の世話になんかならないよ」
そう言われて、話がそこで止まってしまった。このページにたどり着いた方の多くは、そんな状況ではないでしょうか。
ケアマネジャー歴20年。私は仕事で何十件も「ショートステイを嫌がる親」のご家庭に関わってきました。
でも、自分の母となると、教科書どおりにはいきませんでした。
今の私は、89歳・認知症の母オハナさんと二人で暮らす、ただの介護する娘でもあります。
この記事では、なぜ高齢者はショートステイを嫌がるのか、そして嫌がる親にどう向き合えばいいのかを、現場の視点と自分の体験の両方からお話しします。きれいごとは抜きです。
なぜ高齢者はショートステイを嫌がるのか|ケアマネが見てきた7つの理由
まず知っておいてほしいのは、嫌がるのは「わがまま」でも「あなたを困らせるため」でもないということです。理由がちゃんとあります。
20年間、ご家族から相談を受けてきて、拒否の理由はだいたい次の7つに整理できます。
①未知の場所が、単純に怖い
これは高齢者に限った話ではありません。行ったことのない場所に泊まる。知らない人と過ごす。それは誰にとっても不安なことです。
ただ、年齢を重ねるほど、この不安は大きくなります。ましてや認知症があれば、その場の状況を理解して自分を落ち着かせることが難しくなります。「怖い」という感情だけが残るのです。
②生活リズムが変わるのが嫌
長く生きてきた人ほど、自分の生活のリズムが体に染みついています。何時に起きて、どの椅子に座って、何時にお茶を飲むか。
ショートステイは、その全部が変わります。本人にとっては「たった数日」ではなく、「自分の生活が壊れる」という感覚に近い。ここを軽く見ると、説得はうまくいきません。
③今さら新しい人間関係を作りたくない
これは意外と見落とされがちですが、私が現場でとても多く聞く言葉です。
知らない職員さん、知らない利用者さん。挨拶をして、名前を覚えて、その場に合わせて振る舞う。80代、90代になってから、新しい人間関係を一から築くのは、想像以上に消耗する作業です。
「面倒くさい」という言葉の裏に、この気持ちが隠れていることがよくあります。
④見捨てられる、と思ってしまう
ここが、いちばんつらい理由です。
家族は「数日だけ」と思っていても、本人は
「邪魔だから追い出されるのではないか」
「このまま帰れなくなるのではないか」
と受け取ることがあります。
認知症があると、「〇日に迎えに来るよ」という約束を覚えていられません。覚えていられないから、不安が消えない。この不安を、言葉で「大丈夫だよ」と言うだけで解消するのは、正直かなり難しいです。
⑤まだ自分はできる、と思っている
介護保険サービス全般を拒否する方の、根っこにある理由です。
本人の中では、自分はまだ元気で、身の回りのことは自分でできている。だから「介護を受ける人」として扱われること自体に抵抗があります。
家族から見れば明らかに手助けが必要でも、本人の自己認識はそう簡単に更新されません。
むしろ「できない人扱いされた」と感じて、余計に頑なになることもあります。
⑥急すぎて、心の準備ができない
これは高齢者に限った話ではありませんが、
人は急に決断を迫られると、とりあえず断ります。
「来週ショートステイに行ってみない?」と切り出されて、その場で「うん」と言える人はそう多くありません。「イヤだ」は結論ではなく、考える時間を稼ぐための反射のようなものです。
つまりこのタイプは、中身を検討したうえでの拒否ではありません。まだ検討が始まってすらいない。だから説得も条件交渉も必要なくて、時間を渡すだけで通ることがあります。
⑦家族に迷惑をかけたくない(「一人で大丈夫」)
これが、いちばん家族を困らせる断り方かもしれません。
⑤の「自分でできる」と似ていますが、中身は違います。こちらは本人なりの気遣いなんです。娘や嫁に面倒をかけたくない、自分のせいで出かけられないなんて申し訳ない――その気持ちから「一人でいいよ」と言っている。
悪意も抵抗もないので、家族としては反論のしようがありません。しかも本人は本気で言っています。
でも、実際には一人にはできない。火の始末、転倒、外に出て帰れなくなる。介護する側はそれが見えているから預けたいのに、本人にはそのリスクが見えていません。見えていないから「大丈夫」と言えるのです。
ここで「一人にしたら危ないでしょう」と正論を言うと、本人のプライドを正面から折ってしまいます。だから言えない。言えないまま、押し問答になる。
そして厄介なことに、この断り方は介護する人が休みたいときにだけ起きます。入院や冠婚葬祭など「やむを得ない事情」があるときは、案外すんなり行ってくれる。でも「少し休みたいから」だと「一人でいいよ」が返ってくる。
休みたいときほど、断られる。だから休めない。ここで詰まっているご家族を、私は何度も見てきました。
理由によって、対応は変わります
①〜⑦のどれに当てはまるかで、打つ手が変わります。「怖い」なら慣れる時間が必要。「見捨てられ不安」なら約束の見える化が必要。「一人で大丈夫」なら説得ではなく、心配していると伝えることが必要です。
まず、親がどの理由で嫌がっているのかを見極めてください。理由が分かれば、たいてい手はあります。
うちの母は嫌がりませんでした。でも、それは条件を揃えたからです
ここで正直に書いておきます。私の母は、ショートステイを嫌がりませんでした。
きっかけは、私自身の病気でした。手術と入院が必要になり、その間、母をひとりにはできない。ショートステイを使うしかない状況でした。
母には、正直に病気のことを話しました。認知症だから理解できないだろう、とは思いませんでした。
すると母は、こう言ったんです。
「ちゃんとしっかり治してきて。お母さんはどこでも行くよ」
預けることに罪悪感でいっぱいだった私より、母のほうがずっと肝が据わっていました。母親というのは、いくつになっても母親なんですね。
……と、ここだけ読むと「うちの親とは違う」と思われるかもしれません。
でも、これは運が良かった話ではありません。母が嫌がらなかったのは、母が「嫌がらずに済む条件」を先に揃えたからです。その手順を、次に書きます。
嫌がる親が安心して利用するための7つの対処法
①いきなり本番にしない。まず2回「練習」する
いきなり10日間の宿泊は、本人にも負担が大きすぎます。そこで入院前に、2回のお試し利用をしました。
1泊でいいんです。
「行ったことがある場所」になるだけで、恐怖の質がまったく変わります。①の「未知が怖い」は、既知に変えれば消えていきます。
これは仕事でもいつもお伝えしていることですが、最初の1回を短くすることを、ケアマネはたいてい嫌がりません。むしろ歓迎します。
②本人の「条件」を聞く
ここが、いちばん大事かもしれません。
「行くか行かないか」を聞くと、答えは「行かない」になります。でも「どういう場所なら行ってもいいか」と聞くと、話が前に進むことがあります。
母の条件は、3つでした。

- 個室であること
- おやつに必ず干し芋を持っていくこと
- テレビがあること
施設は「個室・おやつ持ち込み可」を条件に探しました。テレビは置いていない施設だったので、家から持ち込みました。
条件が全部そろう完璧な施設を探す必要はありません。足りないところは、持ち込みや工夫で埋められます。
③「いつもの物」を持たせて、知らない場所を減らす
10日間の入院のときは、干し芋を10日分、ジップロックに小分けして持たせました。
毎日のおやつの時間に、いつもの干し芋がある。それだけで、母にとって施設は「知らない場所」ではなくなります。
枕でも、湯呑みでも、使い慣れたタオルでもいい。②の「変化が嫌」を和らげるのは、説得の言葉ではなく、いつもの物です。
④帰る日を、目に見える形にする
「見捨てられた」という不安には、言葉より紙が効きます。
カレンダーに迎えに行く日に印をつけて持たせる。「〇月〇日に迎えに来ます まりー」と書いたメモを、荷物の見えるところに入れておく。
認知症があると約束を覚えていられませんが、不安になるたびに何度でも確認できるものがあると、落ち着きやすくなります。
⑤伝え方を、少しだけ工夫する
「お母さんのために預ける」と言うと、⑤の「自分はできる」に引っかかります。
私は入院のとき、正直に「私の治療のため」と伝えました。
「あなたが介護される側だから」ではなく「私の都合で申し訳ないけれど」という伝え方のほうが、受け入れられることが多いです。
本人のプライドを守ったまま、話を進める。ここはケアマネの現場でも、かなり意識している部分です。
⑥その場で答えを求めない。予告して、一度引く
⑥の「心の準備ができていない」への対処です。これは、やることがとてもシンプルです。
切り出したら、その日はそれ以上言わない。
「来月あたり、1泊だけ試してみようと思ってるんだけど。今すぐ返事はいらないから、頭の片隅に置いといて」
そう言って、話題を変える。数日おいて、もう一度話す。それだけで返事が変わることは、現場でもよくあります。
逆にやってはいけないのが、その場で押し切ろうとすることです。
「一度はっきり断った」という事実が本人の中で固まってしまうと、次に持ち出したときのハードルがぐっと上がります。その日の勝ち負けより、次のチャンスを残すほうが大事です。
⑦「一人で大丈夫」には、心配していると伝える
そして⑦。「私は一人でいいから、行っておいで」と言われたときです。
ここで「一人にはできないのよ」と言ってはいけません。本人を「できない人」の側に置いた瞬間、話は終わります。
私が担当のご家族にお伝えしているのは、この言い方です。
「娘さん(お嫁さん)が安心して出かけられるようにしてあげようね。
心配だから預かってほしいと言うのは、あなたを大切に思っているということですよ」
ポイントは、「できないから預ける」ではなく「大切だから預ける」に置き換えているところです。
家族は、その人に長生きしてほしいと思っています。
だから、留守中に何かあったらと思うと気が気ではない。転んでいないか、火を使っていないか、具合が悪くなっていないか。心配しているのは、大事だからです。
それを、そのまま本人に伝える。
「お母さんに何かあったら困るから、誰かがいるところにいてほしいの。心配で仕方ないの」
この言い方だと、本人は「できない人扱いされた」とは受け取りません。受け取るのは「自分は心配されている」「大事にされている」という感覚です。
「一人で大丈夫」と言う人は、もともと家族に迷惑をかけたくないと思っている人です。その人が、自分のせいで家族を心配させていると分かったとき、「じゃあ行こうかね」に変わることがあります。
説得ではありません。気持ちを、そのまま言葉にして渡すだけです。
それでも嫌がるときは、どうするか
ここまでやっても、首を縦に振らないことはあります。そのときの選択肢を3つ書いておきます。
デイサービスから始める
泊まりのハードルが高いなら、日帰りから。同じ施設のデイサービスに通って、場所と職員さんに慣れてから宿泊に進む方法は、実際とてもよく使われます。
ケアマネや専門職から話してもらう
家族が言うと反発するのに、第三者が言うとすんなり通る。これは介護の現場では日常茶飯事です。
担当のケアマネジャーに「私からは言いにくいので、一度話してもらえませんか」と頼んでください。これは遠慮するようなお願いではありません。ケアマネの仕事そのものです。
今回は見送る、という判断もある
無理やり連れて行って、本人が施設で強い混乱を起こすと、「二度と行かない」という記憶だけが残ってしまいます。次のチャンスがなくなるほうが痛い。
ただし、これは家族に余力がある場合に限った話です。あなたが限界なら、見送るという選択はしないでください。それは次で書きます。
そして私は、母を預けて神宮球場に行きました
ここからは、預ける側の話です。
最初に預けた日、私はずっとそわそわしていました。ケアマネとして何百人もの利用者さんをショートステイにつないできた私でも、自分の母となると話は別でした。
転んでいないか。ごはんは食べているか。寂しがっていないか。
気がつくと、時計ばかり見ていました。母がいないのだから自分の時間のはずなのに、頭の中は母のことでいっぱい。せっかくの一人の夜を、何もせずに終えてしまいました。
そして何より怖かったのは、迎えに行ったときに「もう行きたくない」と言われたらどうしよう、ということでした。そうなったら、入院そのものが成り立たなくなる。
でも、母は帰ってきて、普通にごはんを食べて、普通に寝ました。拍子抜けするくらい、いつも通りでした。
私の場合、実際に預けてみると、心配の多くは自分の頭の中で膨らんでいたものだったと気づきました。
入院は10日間。「介護する人が入院したら、介護される人はどうなるのか」――在宅介護をしている家族なら、誰もが一度は考える不安だと思います。私はショートステイのおかげで、治療に専念できました。
そして退院してしばらくして、私はもう一度ショートステイを利用しました。理由は、治療でも入院でもありません。野球観戦です。
練習と入院で母が施設に慣れてくれていたので、「今度は自分の楽しみのために使ってみよう」と思えたんです。
試合の間、携帯電話は一度も鳴りませんでした。便りがないのは良い便り。電話が鳴らないということは、母が普通に過ごせているということ。
そう思えたら、時間を気にすることなく、久しぶりに「介護する人」ではないただの自分に戻って、目の前の試合を楽しめました。介護を始めてから、こんなふうに時間を忘れたのは、いつぶりだったでしょうか。
実はこのとき、母には「私の治療のため」と、少しうそをついていました。遊びに行くために預けるとは、さすがに言えなかったんです。
帰ってきた母は、私にこう言いました。
「たのしかった? またいつでも泊りに行くからいいよ」

さすが母親だな、お見通しだな、と思いました。
ショートステイは「介護する人が休むため」の制度でもあります
ショートステイ(短期入所生活介護)は、介護が必要な方が施設に短期間宿泊できる介護保険サービスです。数日から利用でき、食事・入浴・排泄の介助を受けられます。
ここで、どうしても伝えたいことがあります。
ショートステイは「介護される人のため」だけの制度ではありません。介護する家族が休むため(レスパイト)の制度でもあります。
あなたが休むために親を預けることは、逃げでも親不孝でもなく、制度が想定している正しい使い方なんです。
「自分が楽をするために母を泊まらせるなんて、ひどい娘だろうか」――私も、最初はそう思っていました。20年ケアマネをやっていても、自分のこととなるとそう思いました。
でも、あなたが倒れてしまったら、介護そのものが続きません。介護は、頑張ることで解決する問題ではなく、サービスを使いながら続けていくものです。
ケアマネとして伝えたいこと:ショートステイは施設入居の「予行演習」にもなる
もうひとつ、担当の利用者さんやご家族にいつもお伝えしていることがあります。
在宅介護を続けていても、いつか「施設入居」を考えるときが来るかもしれません。そのとき、一度も外泊経験のない親を、いきなり施設に入居させるのはとても大変です。本人にとっては、ある日突然、知らない場所での生活が始まるのですから。
でも、ショートステイを経験していれば違います。
実際、私の担当利用者さんでも、ショートステイを繰り返し利用していた方は、施設入居になったときの混乱が比較的少ない傾向がありました。ご家族のほうも、施設での親の姿をイメージできているので「かわいそう」という言葉が少なくなり、施設選びそのものにも慣れていきます。
もちろん個人差はありますが、「慣れている場所がある」という安心感は、本人にも家族にも大きいのだと思います。
うちの場合なら、個室と干し芋とテレビがあれば、母は大丈夫。それが分かっているだけで、将来の選択肢の見え方がまったく変わります。
まとめ:嫌がるのには理由がある。理由が分かれば、手はあります
もう一度おさらいします。
- ①未知が怖い → 1泊の練習から
- ②変化が嫌 → いつもの物を持たせる
- ③今さら気を使いたくない → 個室など、負担の少ない条件を探す
- ④見捨てられ不安 → 帰る日を紙に書いて見える形に
- ⑤自分でできると思っている → 「私の都合で」という伝え方に
- ⑥急に言われて準備ができていない → 予告して、その場は引く
- ⑦「一人で大丈夫」と言う → 心配していること、大切に思っていることを伝える
そして、それでも難しければ、デイサービスから始める。ケアマネから話してもらう。その選択肢もあります。
費用の目安(うちの場合)
要介護2・負担限度額認定(第3段階①)あり・個室利用・食費込みで、1日あたり5,000円弱でした。
介護度や所得区分、施設によって変わります。負担限度額認定は、住民税非課税などの条件を満たす方が、食費と居住費の負担を抑えられる制度です。申請しないと受けられず、原則さかのぼれないので、対象になりそうなら早めに確認してください。
まずは1泊の「練習」からで大丈夫です。担当のケアマネジャーに「ショートステイを試してみたい」と伝えてみてください。
もし「泊まりで預けるのはまだハードルが高い」と感じるなら、日帰りのデイサービスから始める方法もあります。
在宅介護の先に施設入居を考え始めた方は、こちらの記事で8種類の施設を比較しています。
親を大切に思っているから、預けることに迷う。それは、うしろめたいことではありません。
ショートステイは、親を手放す制度ではなく、介護を続けるために家族が息をつくための制度です。あなたが少し休むことは、この先も一緒に暮らしていくための準備でもあります。
今日は断られたとしても、それで終わりではありません。理由が分かれば、次の言い方が見つかります。
あなたが自分の時間を生きることは、介護をあきらめることではありません。介護を続けるために、必要な時間です。
私は今日も、母と暮らしながら、次の神宮を楽しみにしています。そして母はきっと、その日もこう言ってくれるのでしょう。
「またいつでも泊りに行くからいいよ」







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