「今朝も怒っちゃった」

訪問先で、ご家族からよく聞く言葉です。
私は毎月、担当している方のお宅を訪問しています。その時間に、いま介護をしている人が、ぽろっと弱音を吐いてくれることがあります。
「今朝も怒っちゃった。リモコンをなくすんだもん。これでもう何個目かな」
言いながら、ちょっと笑っている。でも、目は笑っていないことが多いです。
子どもにも兄弟にも言えないことを、他人には言える
不思議なもので、こういう話は、家族の中ではなかなか出てきません。
子どもには心配をかけたくない。兄弟には「じゃあ代わってよ」と思ってしまうから言えない。近所の人に言えば、母の評判が下がる気がする。
月に一度来るだけの、他人。だから言えることがあります。
私はそれでいいと思っています。誰にも言えないまま抱え込むより、月に一度、誰かに言えるほうがずっといい。
「怒っちゃった」の後ろに見えるもの
「今朝も怒っちゃった」
そう話すご家族の話を聞いていると、そのあとにはたいてい、こんな言葉が続きます。

「でも、ご飯はちゃんと食べたよ」
「今日はデイだから、着替えはしておいた」
「最近ちょっと、歩き方がおかしいんだよね」
怒った話をしていたはずなのに、気づけば親の体調を心配している。
私はそんな姿を、何度も見てきました。
だから「怒っちゃった」という一言だけを聞いて、この人は親を大切にしていない、なんて思いません。
むしろ、その言葉のあとに見えるのは、腹を立てながらも、今日も親の生活を支えている人の姿です。
怒らないことだけが、親を大切にすることではない。
怒る日もある。嫌になる日もある。それでもご飯を用意して、薬を確認して、転ばないように気にかけている。
私は、そこにあるものも「親を大切に思っている」という事実のひとつだと思っています。
介護は、お互いの我慢で成り立っている

介護の記事を読んでいると、家族の我慢の話ばかりが出てきます。イライラしても自分を責めないで、一人で抱え込まないで、と。
もちろん、それはそのとおりです。
でも私は、介護はお互いの我慢で成り立っていると思っています。
介護される側も、我慢しています。
できていたことができなくなる。娘や息子に体を任せる。言いたいことがうまく言えない。何度も同じことを聞いて、相手の顔が曇るのが分かる。
どちらか一方だけが我慢している関係は、長くは続きません。
そして、その比重は日によって変わります。今日はこちらが多く我慢する日、明日はあちらかもしれない。どちらかに傾きっぱなしになっていないか。私が見ているのは、たぶんそこです。
だから、怒っていいと思っています
ケアマネジャーがこう書くのは、少し勇気が要ります。それでも書きます。
怒ってしまうこと自体は、悪いことではありません。
食事を用意して、トイレに付き合って、着替えを手伝って、薬を飲んでもらって。そうやって介護をしている毎日の中で、「もう!」と声が出てしまう。
それは、介護という関係の中で起きることのある感情です。
ただし、ここには線があります。
怒りという感情が湧くことと、その怒りを理由に必要な介護を放棄したり、相手を傷つけたりすることは、まったく別の話です。
暴力は絶対にいけません。
相手の人格を否定したり、尊厳を傷つけたりする言葉もいけません。
怒ることを全部「いけないこと」にするのではなく、怒ったときにどうするか。
その線を越えないことが大切だと、私は思っています。
怒りながら、「誰か止めて」と思っている
もうひとつ、これも書いておきます。
怒っている最中、心の中で「誰か止めて〜」と叫んでいることがあります。
自分でも、この言い方はよくないと分かっている。分かっているのに止まらない。誰か入ってきて、この流れを断ち切ってほしい。
私にも、そういう朝があります。
だから、介護をしている人が怒りの話をするとき、その人は怒りたくて怒っているわけではないことのほうが多いです。
「そんな親じゃない」とムッとする、あの気持ち
ここからは、介護をしている人の話を聞く側の方へ書きます。
不思議な心理があります。
自分では「もう嫌になる」と言っているのに、他人に親のことを悪く言われると、ムッとする。
「そんな親じゃない」
「できないなりに、本人も頑張ってるんだよ」
言われた側は「一緒に怒ってあげたのに」と思うかもしれません。でも、そうではないんです。
自分が言うのと、他人に言われるのは、まったく別のことです。
聞く側にお願いしたいこと
介護をしている人が愚痴をこぼしたら、してほしいことは2つだけです。

ひとつは、ただ聞くこと。解決策を出さなくていいし、アドバイスも要りません。ひとしきり聞いて、「大変だったね」と労ってあげてください。
もうひとつは、最後に一言。
「あなたの親御さんも、頑張っているね」
「お互いに、頑張っているね」
この一言があると、介護をしている人は、親を悪者にしないまま愚痴を吐けます。
逆にやめてほしいのは、同じ熱量で一緒に悪口を言うことです。
「ひどいお母さんだね」「それは大変、私なら無理」
気持ちはありがたいのですが、言われた側は苦しくなります。自分が愚痴ったせいで、親が悪く言われてしまった。そう感じるからです。
そして次から、その人には言えなくなります。
愚痴を言える場所を、なくさないでほしい
長く介護をしていれば、怒ってしまう日があっても不思議ではありません。
怒ってしまった自分を責めるより、怒ってしまったことを誰かに言える場所があるほうが、ずっと大事です。
私は毎月、担当している方のお宅を訪問しています。その時間は、報告を聞くためだけの時間ではありません。
「今朝も怒っちゃった」から始まる話を、いつでも聞いています。
「今朝も怒っちゃった」
来月も、そんな話から始まっていいんです。



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