介護虐待のニュースを見ると、多くの人は「なんてひどい人だろう」と思う。
私もかつてはそう思っていました。
でも、ケアマネとして20年、たくさんのご家族と関わってきた今、あのニュースを見ると胸がざわつくのです。
介護虐待はなぜ起きるのでしょうか。認知症介護や介護疲れによるストレスが背景にあるケースを、私はケアマネとして20年間見てきました。
「ひどい」ではなく、「あの人も追い詰められていたんだろうな」と。
そして、自分自身が母(オハナさん・89歳・認知症)の在宅介護をする中で、こう思ったことがあります。
「手は出していない。でも、気持ちは痛いほどわかる」
この記事は、介護虐待を肯定するものではありません。
でも、「虐待する人が悪い」で終わらせてしまったら、次に追い詰められる人を、誰も助けられないと思うのです。
虐待した家族は「特別な人」ではなかった
20年間ケアマネとして現場で関わってきた中で、虐待が起きてしまったケースをいくつも見てきました。
そこで気づいたのは、虐待に至った家族の多くが、真面目で、親思いで、一生懸命な人だったということです。
特別に冷たい人でも、乱暴な人でもない。
むしろ逆でした。
追い詰められやすい介護者の特徴
・「こうあるべき」という思考が強い
・外からの評価、身内の目を気にする
・本人の要望をすべて叶えてあげなければと思っている
・完璧にやらないと自分を許せない
・弱音を吐くことに罪悪感がある
こう書くと、「真面目なのは悪いこと?」と思うかもしれません。
真面目なこと自体は何も悪くない。
でも、介護という終わりの見えない生活の中で、真面目さが自分自身を追い詰める刃になってしまうことがあるのです。
相談に来るご家族の中には、「まだ頑張れます」「私がやらないと」と言いながら、明らかに限界を超えている方がいます。
そういう方ほど、ある日突然、糸が切れる。
私はそれを何度も見てきました。
私も最初はそうだった
偉そうに書いていますが、私自身がまさにこのタイプでした。
オハナさんの在宅介護が始まったとき、私が自分に課していたことを正直に書きます。
私が「ちゃんとやらなきゃ」と思っていたこと
・ご飯は一汁三菜、果物付き
・部屋はいつも整理整頓
・匂いにも気を使い、誰が来ても気持ちのいいように
・本人の要望、わがままはすべて叶えてあげる
・きつい言葉は絶対に言わない
ケアマネという仕事をしているからこそ、「ちゃんとした介護」の形が頭にある。
それが余計に自分を縛りました。
きつい言葉をつい言ってしまった日は、夜中に布団の中で後悔して眠れない。
オハナさんから同じ電話が何度もかかってきた日、思わず強い口調で返してしまい、電話を切ったあと自己嫌悪でいっぱいになったこともあります。
テレビで介護殺人のニュースが流れると、目をそらしたくなる。
手を出したことはありません。
でも、「あの人たちの気持ちが、痛いほどわかる自分」がいることに気づいたとき、本当に怖かった。
ケアマネの私でさえそうなるのだから、介護の知識もなく、相談先もわからないまま一人で頑張っているご家族が追い詰められるのは、当然のことだと思います。
介護虐待という言葉を聞くと、殴る、蹴るといった身体的な虐待を思い浮かべる方が多いかもしれません。
でも現場では、怒鳴ってしまう、無視してしまう、優しくできなくなる、自分でも驚くほど冷たい言葉をぶつけてしまう——そんなところから始まることも少なくありません。
だから私は、「私は大丈夫」と思っている人ほど、この記事を読んでほしいと思っています。
介護される側もつらい——言葉がナイフになるとき
虐待のニュースでは「加害者」と「被害者」に分けて報じられることがほとんどです。
でも現場にいると、そう単純には分けられないケースがたくさんあります。
ケアマネとして担当しているご家庭の中には、介護されている側が、介護者に対してきつい言葉を浴びせているケースがあります。
以前担当していたご家族で、毎日お母さんから「遅い」「何もできない」と言われ続けていた娘さんがいました。
最初は笑って受け流していましたが、半年後には表情が消え、「もう顔を見るだけでイライラするんです」と涙を流しました。
「遅い」「へたくそ」「のろま」
毎日、毎日。
介護される側にもストレスがあるのです。
体が思うように動かないもどかしさ、自由を奪われた怒り。
心を許せる家族だからこそ、遠慮なくぶつけてしまう。
認知症や障害の症状として、本人の意思とは関係なく出てしまう言葉もあります。
「病気なんだから仕方ない」
頭ではわかっている。ケアマネとしてご家族にそう説明したこともある。
でも、言われた側は、「病気だとわかっていても」カッとなるのです。
それが毎日繰り返されたとき、人はどこまで耐えられるでしょうか。
「家族がいる」と「助けがある」は違う
「お子さんが3人いらっしゃるんですね。じゃあ安心ですね」
こう言われるご家族を何度も見てきました。
でも、家族の人数と、介護の負担を分かち合えているかは、まったく別の話です。
実際、私自身も娘がいますが、在宅介護の現実はワンオペです。
家事も、オハナさんのお世話も、仕事も、全部一人。
物理的に「人がいる」ことと、「助けてもらえる」ことの間には、とても深い溝があります。
ワンオペ介護で起きること
・自分の時間がなくなる
・相談できる相手がいない(いても「頑張ってるね」で終わる)
・限界に気づくのは、限界を超えた後
・「助けて」が言えない
この孤立こそが、虐待の引き金になると私は思っています。
虐待は、怒りから始まるのではなく、孤立から始まるのです。
一人で頑張らないことが親を守る
介護の相談を受けるたびに、ご家族にお伝えしていることがあります。
「頑張らないでください」ではなく、「一人で抱え込まない仕組みを作りましょう」。
精神論では介護は乗り越えられません。
仕組みで守るしかないのです。
とはいえ、「仕組み」と言われてもピンとこないかもしれません。
なので、まず私自身がやっていることを正直に書きます。
私がイライラしたときにやっていること
・まず、その場を離れる
近すぎると余計にイライラします。危なくない環境が整っているなら、数時間離れるだけで気持ちがまったく違います。
・本人に内緒で美味しいものを食べる
私はちょっと高い牛肉を買ってきて、一人でこっそり食べます(笑)。ささやかですが、これがけっこう効きます。
・「まぁいっか」と声に出して言う
ぜんぜん良くないのですが、「まぁいっか」と口に出すと、本当にそんな気持ちになるんです。騙されたと思って試してみてください。
・とにかく誰かに聞いてもらう
地域の介護者の集いに参加して、同じ立場の人に話を聞いてもらっています。ケアマネだということは隠して(笑)。心を許せる親戚にも、つらいときは遠慮なく電話します。話すだけで、びっくりするほど楽になります。
大した方法じゃないと思うかもしれません。
でも、完璧にやろうとする自分を一瞬でも手放すことが、次の一日を乗り越える力になります。
そして最近、私はオハナさんのショートステイを利用し始めました。
自分の時間が持てるようになって、正直かなり楽になりました。
「預けるなんてかわいそう」と思っていた頃の自分に言ってやりたい。
あなたが休むことは、介護を続けるための方法だよ、と。
今日からできること
・地域包括支援センターに電話する
介護の相談窓口です。「何を相談すればいいかわからない」でも大丈夫です。
・ケアマネに本音を話す
「つらい」「限界かも」と言ってください。ケアマネはその言葉を待っています。
・ショートステイやデイサービスを使う
私自身、利用し始めてから本当に楽になりました。まだ使っていない方は、ケアマネに相談してみてください。
・完璧をやめる
ご飯は一汁一菜でいい。部屋が散らかっていてもいい。それで誰も死にません。
完璧をやめることは、介護を投げ出すことではありません。
むしろ、完璧をやめることが、親を守ることにもつながるのです。
おわりに——私もまだ、介護の途中にいます
ケアマネとして偉そうなことを書きましたが、私自身、まだ介護の真っ最中です。
完璧になんてできていません。
イライラする日も、「もう無理」と思う日もあります。
でも、20年の現場と、自分自身の介護の両方を経験して、ひとつだけ確信していることがあります。
虐待は、「ひどい人」が起こすのではない。
追い詰められた「ふつうの人」が起こすのです。
だから、あなたが「つらい」と感じているなら、
それは甘えではなく、SOSです。
介護虐待を防ぐ方法は「もっと頑張ること」ではなく、
「助けを借りること」だと私は思っています。
どうか、一人で抱え込まないでください。
「もう限界かもしれない」
そう思ったときは、限界を超える前に誰かに話してください。
地域包括支援センターでも、ケアマネでも構いません。
私は20年間、この言葉を言えずに追い詰められていったご家族をたくさん見てきました。
一人で抱え込まないこと。
それが、親も自分も守る一番の方法だと思っています。
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